はじめに言葉ありき・・・万物は音で成る・・・のか?
随分前に聴いた話で、現在はかなり先に進んでいるかと思われるのだが・・・
・・・ところで、父音は何所へ行ったのか?
母音・子音という言葉は外来語の翻訳とされているが、翻訳元の語源には母子のような概念は含まれないと言う。(歴史を辿ると梵語の母音に当たる言語に母の意味があるらしく、ではその元は?・・・となってしまい、こうした話はキリがない気もするが、とりあえず参照元はこちら・・・)
また、諸説あるうちの一説に、以下のようなものがある。
『父音とは、母音と配合して、子音をつくる一種の音なり。その音隠微にして、いまだ、判然と口外にあらはれたるものにあらず。されば、また、これを標すべき文字のあることなし。今、仮に、片仮名字を以て示すときは、五十音の宇列の、ク、ス、ツ、ヌ、フ、ム、ユ、ル、ウ、九個の子音より、母音を引き去りたる跡にのこれるもの、即ちこれなり。 子音とは、五十音の中より、五個の母音を除きたる、他の四十五音をいふ。こは、父母両音の配合して成れるものなれば、その音声単純ならず。』
※出典・・・大宮宗司 編:日本辞林 第一編 第二章 母音 父音 子音(リンク先の国立国会図書館デジタルコレクションにて即閲覧可)
・・・つまり、現在子音とされているものが父音であったと言う説で、これは現在でも同一とされることがあり、父母が合わさって子を生む流れは自然かつ健全と思われるのだが、現在では廃れている。
更に、古神道由来の説には、現在母音とされているものが父音であり、子音とされているものが母音であったと言うものがあり、そうすると、母が父に成り代わって子と結託し二重に親殺しをやっている神話の様相・・・(殺すと言っても比喩でしかないが)
遡るにつれて根拠が霊視や口伝のようなものばかりになってしまうので、結局本当のところは分からないとしか言いようがないのだが、何故こんな話をするかと言えば、「男性性優位の時代から女性性優位の時代へ・・・」みたいな話をあちこちで見るので、「逆ではないか?」と言う視点から・・・(各自状況によって異なるだろうから、無数にある視点の一つでしかないが)・・・これまで優位にあったのは、暴走した母性と庇護下にある子供達、即ち未熟または堕落した男性性であり、暴走と言っても自然な話で、そうでなければ我が子を守れない。だが、世界は一族を中心に回ってなどいない。
未熟なことは別に悪くはないどころか、育ち盛り伸び盛りであって、何度でも戻ってやり直したいと言う者は後を絶たず、受け皿も豊富にある。
堕落と成熟を取り違えて自覚すらなく、あればあったで見て見ぬフリでズルズルとここまで来てしまった・・・そちらもそれなりに受け皿は用意され続けてきたが、そろそろ限界の模様。
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